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2014.06.20 05:21

抑圧から開放され目覚ましい経済発展を遂げたアジア

経済発展を遂げたアジア 経済発展を遂げたアジア 経済発展を遂げたアジア

13世紀、中央アジアにモンゴル帝国が興り、アジアの大半と東欧を領土とし、これがアジアとヨーロッパの交通を促進したが、このころすでにアジアは、その先進的な役割をヨーロッパに譲っていた。

  • 1498年バスコ・ダ・ガマの喜望峰回りインド到着
  • 1521年マゼランの太平洋横断フィリピン到着によって海からの道が開け、ヨーロッパ各国のアジア侵略、支配が始まった。

  • 17世紀初めにイギリス東インド会社、オランダ東インド会社が設立され、やがて産業革命の諸成果を背景としてヨーロッパのアジア侵略は本格化し、帝国主義時代を迎えて19―20世紀にアジアの大半にヨーロッパの支配が確立した。こうして資源、労働力に恵まれたアジアは、その生み出す富をヨーロッパに持ち去られることになり、植民地アジア、貧しいアジア、搾取されるアジアと化した。もっとも、ヨーロッパによる侵略を阻止しようとする動きは常に起こった。

  • 19世紀後半には中国の太平天国
  • インド大反乱
  • イランのタバコ・ボイコット運動
  • 朝鮮の甲午農民戦争
  • スマトラのアチェ戦争
  • トルコの青年トルコ革命
  • ビルマ(現、ミャンマー)、アフガニスタン、エジプトなどで反乱蜂起が集中的に起こった。

  • しかし、いずれも優勢なヨーロッパ植民地主義国の武力の前に屈服させられた。ところが、第1次世界大戦後、アジアの諸民族の植民地主義に抵抗する運動が活発となった。こうした状況で、ヨーロッパ型近代国家をめざしてきた日本は周辺地域への侵略を進めて第2次大戦をアジア・太平洋地域に拡大し(太平洋戦争)、大東亜共栄圏を唱えて周辺諸国に禍根を残した。第2次大戦後、多くの地域は民族自決のイデオロギーのもと植民地支配から脱却して独立国となったが、同時にその国家的枠組の多くが植民地時代に作られたものであるという矛盾を抱えている。しかしアジア諸国は国際社会においても重要な役割を担うようになり(アジア・アフリカ会議)、また、とくに1960年代以降の東アジア、東南アジアの目覚ましい経済発展をへて、〈アジア・環太平洋地域〉という枠組が世界的に注目されている。


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